神應院について
住職ご挨拶
この地に生まれ、地域を想い、
歴史続く神應院をつなぐ
龍池山神應院(かんのういん)住職の山上隆志です。
ご縁あって昭和60年に25歳の若さで
このお寺の法灯を受け継ぎ、
歴代住職や地域の皆様が築いてこられた
370年の歩みを、次の世代へと
引き継いでいくことを務めとしています。
かつての当院は、幾星霜のなかで傷みの進んだ
トタン張りのどこか寂しげな姿にございました。
「お参りに来る方が、いつでも心地よく過ごせるお寺にしたい」という
皆様の温かい想いとご尽力により、
平成26年に本堂が新しく生まれ変わりました。
新しい本堂には、エアコンや椅子席、控え室、
洋式トイレを完備し、葬儀や法要を滞りなく
執り行える環境が整いました。
今では、年間を通じて神應院本堂での
法事やお葬式を多くの方々が執り行うようになり、
また永代供養の体制も万全に整いました。
時代の変化のなかで、
どのような環境に置かれましても、
皆様の大切なご先祖様を当院で変わらずお守りし、永くご供養できる環境がここにございます。
今後もお寺がご先祖供養や仏事の
「拠りどころ」として、
檀家の皆様や、
新たにご縁をいただいた方が心静かに集える空間であることを大切にしていきたいと思います。
現在は、高野山大学密教学科および
高野山専修学院での修行を修め、
平成26年直ちに帰山した若住職も加わり、
親子二代で皆様をお迎えしております。
「永代供養」についても、次代を担う若住職が
責任を持って引き継いでまいりますので、
将来にわたってもどうぞご安心ください。
古(いにしえ)より連綿と続くこの祈りの場を、
次なる時代へも繋いでまいります。
皆さまの心の拠り所として、
いつでも門戸を開いてお待ちしております。

住職、若住職の親子二代で
皆様をお迎え致します
現在、お寺も承継者不足が問題となる
時代でございます。
神應院は平成26年に高野山専修学院にて
修行を積んだ若住職も加わり、
親子二代で対応できる体制が整っています。
若住職は葬儀・法要を数多く執り行っています。
檀家の皆さま、そして地域の皆さまに
お頼り頂ける寺院づくりを続けて参ります。

1648年創建、龍池山神應院
神應院について
山号の「龍池山 (りゅうちざん)」において、
龍は仏法を護る八部衆の一つでもあり、この山号は「龍神から守護されている」「龍神を祀っている」ことを示しています。
また「神應院(かんのういん)」という寺号は、神仏習合の歴史的な名残であり、八幡神と仏がともに人々を導く「神仏の加護の拠点」として名付けられました。明治時代の「神仏分離令」によりお寺と神社が分けられるまで、当院は隣接する八幡神社の別当寺(べっとうじ)として、古くから神社の管理運営を担う重要な祭祀の役割を果たしており、今もなお両者の深い歴史的絆を感じさせます。
そして、地域の皆様の厚い信仰に支えられてきた当山の須弥壇(しゅみだん)には、ご本尊「十一面観世音菩薩」や、阿南市指定文化財であり平安末期から900年の歴史を持つ「薬師如来」をはじめ、多くの御仏が祀られております。
人々の願いを受け止める観音様と心身の病苦を癒やすお薬師様。さらには皆様の日々を力強く守護する諸尊等。当山は、そんな深い慈悲に包まれた祈りの場所です。

弘法大師さまが見守る境内
四季折々を感じる、整えられた境内
境内は、こじんまりとしながらも、四季折々の風情を感じられる美しい調和を大切にしています。限られた空間の中に、慈悲深い観音様とお地蔵様が優しく見守る「永代供養塔」、将来お墓をお祀りする人がいなくなった時もお寺が責任を持って永代供養をさせていただく「永代供養付き先祖代々五輪塔墓」、そして厳かに佇む鐘撞(かねつき)堂をバランスよく配置しております。
私たちが何よりも大切にしているのは、お参りに来られた方が心地よく過ごせる環境作りです。お寺の者が日々細やかに目を配り、いつ訪れても寂しくなく、清々しく綺麗な状態でお迎えできるよう維持管理に努めています。
また、お寺の目の前には20台以上の広い駐車場をご用意しております。
お盆や法要の際にも安心してお車でお参りください。いつ訪れても綺麗で、ほっと心が安らぐ。そんな身近で温かいお寺であり続けたいと願っています。
年中行事について
旧暦の行事は新暦の日時で執り行います。
事前にご確認ください。
- 1月
初会
除夜の鐘とともに、新しい年を迎えます。新年を無事に迎えられたことを喜び、皆様が一年を幸せに過ごせるよう、初会では天下泰平、無病息災、万民豊楽を祈願いたします。また、仏法興隆、寺門繁栄、道業増上を願います。先代より神應院では、1月16日の地獄の釜が開く「閻魔様のお休み」の日に合わせ、「村の皆も休息をとるように」とこの日に初会を営み、法要の後は皆で食事をして祝ったと伝え聞いております。このように、閻魔様がお休みをとる1月16日と7月16日は、昔から大切な「休息の日」とされてきたそうです。
- 3月
春季彼岸供養祭
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、春分・秋分の前後3日を含めた7日間、感謝の心でお墓参りをします。春分の日と秋分の日は、太陽が真東から昇って真西に沈むため、昼夜の長さが同じになります。この時期は、西にある仏様の「彼の岸(理想の世界)」と、私たちの「此の岸(現実の迷いの世界)」の距離が最も近くなり、ご縁を結ぶのに良い日とされています。神應院ではご先祖様の加護を願い、家族の健康や日々の努力が実を結ぶよう祈願いたします。法要では、皆様の願いを「千体地蔵流し札」に書き、丁寧に供養を営みます。
- 7月
大般若会
昔、この大野の地域に恐ろしい疫病が広まり、人々は大きな苦しみに陥りました。その際、当時の先人たちが「大般若経」を一心に読誦(どくじゅ)したところ、その功徳によって疫病が退散し、平穏が取り戻されたと伝え聞いております。この時の感謝と祈りの心が、今も神應院で行われている伝統行事「大般若会」の始まりとなっています。「大般若経」は、あの有名な玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)法師が唐から持ち帰り、翻訳された六百巻にものぼる膨大な経典です。これをわずか二百六十二文字に要約したものが、皆様にお馴染みの「般若心経」となります。
- 8月
盆・過去帳供養
一般に13日を「迎え盆」、16日を「送り盆」といい、その間は家々に精霊棚(しょうりょうだな)を設けてご先祖様をお迎えし、お祀りします。神應院では毎年8月14日に、新仏(しんぼとけ)様のおられるお宅へ盆棚経にお伺いいたします。(※最近では、本堂での営みを希望される方も増えています)そして改めてその日の夜に、本堂にて「新仏合同供養祭」を営みます。合同供養祭に引き続き、檀家の皆様、また神應院にご縁のあるお家のご先祖様の法名を読み上げて供養する「過去帳供養」が始まります。法名は50年間、盆過去帳供養として読み上げを行い、その後もお家のご先祖様として、永くねんごろに供養を続けてまいります。
- 12月
除夜祭
かつて戦時中に強制供出の憂き目に遭った神應院の梵鐘(ぼんしょう)ですが、昭和49年11月、檀信徒の皆様の篤いご信念と多大なるご尽力により、見事に再建されました。以来、毎年12月31日の午後11時30分頃から元旦にかけ、除夜の鐘が響き渡ります。過ぎ去った一年を静かに省み、来る年の幸福を祈りながら撞かれる百八の鐘音は、私たちの心にある百八の煩悩をすべて打ち払い、清らかなる新春を告げるものです。また、日常の風景として、毎朝6時にも鐘を鳴らしています。お寺に眠る方々への永代供養の祈りを込めて撞かれるその音は、お寺のまわりの皆様へ、一日の始まりを穏やかにお届けしています。
神應院の文化財・仏像
当院には、下記にご紹介した二尊のほかにも、皆様の日々のお願い事を見守る多くの仏さま(地蔵菩薩、十二神将など)が
お祀りされています。

ご本尊 十一面観世音菩薩
製作は京都にて江戸時代後期18世紀ごろ
観音様は古来、インド、中国、日本を通じて最も広く信仰されています。
人々を救済するためにいかなる人に対しても、それに応じるような姿を現しています。
十一面観音はその名の通り、私たちがどこにいても目につくように11のお顔を360度にわたって持っておられます。
一番上のお顔だけが如来のお顔で、あとは菩薩のお顔です。
正面3面が慈悲の顔、左側3面が憤怒の顔、右側3面が牙をむき、後背1面が大笑、頂上が仏果を示す阿弥陀面となっています。
さまざまな表情で人々に語りかけ、仏道に導いてくれます。

阿南市有形文化財 薬師瑠璃光如来
製作は平安時代末期 900年前
薬師如来は東方薬師瑠璃光如来、大医王と呼ばれ、人々の現実的な願い事をかなえてくれる親しみのある仏さまです。薬師如来の十二の大願のひとつに「除病安楽」があり、左手に持つ薬壺は人々の病気を癒すための薬が入っており、病気の苦しみから助けてくださいます。
ほかに、衣食を満たす、悩みを解決する、地獄へ堕ちないように導いてくれるというご利益があります。
アクセス
| 寺院名 | 龍池山 神應院 |
|---|---|
| 宗派 | 真言宗 |
| ご本尊 | 十一面観世音菩薩 |
| 住所 | 〒774-0047 徳島県阿南市下大野町楠ノキ107 |
| 駐車場 | あり(20台~30台駐車可能/無料) |
| 交通手段 |
【ご参拝の皆様へ】 |



